当会メンバー9名にて7月18日大磯町フィールドワーク研究を実施。
今回の企画とガイド役の海瀬春雄氏と中島教授とともに明治学院関係者の旧邸宅と明治時代に活躍した偉人邸宅跡などを含む40箇所を訪問しました。その時の写真2枚を掲載します。
旧林董(はやしただす)邸は明治28年に林董が作り居住した別荘である。佐藤泰然(順天堂大学創始者)の5男でありヘボン塾で学んだ後、英国留学、明治4 年~6年に岩倉使節団に随行。香川県・兵庫県知事を務め、駐英大使として日英同盟締結に活躍、外務大臣・逓信大臣などを務めた伯爵。
英国ドーバー海峡のプライトン臨時保養所、米国ロスのロングビーチの保養所を見て、大磯別荘地実現の原動力となる。
兄の松本順は長崎で西洋医学を学び、初代軍医総監となった。
大磯に日本で最初の海水浴場を開き、伊藤博文に働きかけ、大磯駅を明治20年に開設して、この地を有名にした恩人である。
島崎藤村邸は明治16年1月、左義長(大磯1月の祭り)を見に来て温暖な大磯の地が気に入り、2月より約2年半住む。
遺稿となる「東方の門」をここで執筆中、18年8月22日、71歳で逝去。
そのお墓は近くの地福寺に静子夫人とともにある。
昭和50年、大磯町の名誉町民となり、昭和56年に藤村邸が大磯町に寄付され平成8年秋より無料で一般公開、現在に至る。
明学関係では、初代衆議院議長の中島信行氏のお墓が大運寺にある。
明治とゆかりのある地、大磯町には旧伊藤博文邸・山形有朋邸跡・旧陸奥宗光・大隈重信邸・新島襄の終焉地(明治23年1月)、西園寺公望邸跡などもある。
大正に移り、原敬邸跡、昭和に移り、井上準之助邸などがある。
また日本の財閥系の旧岩崎邸と澤田美喜記念館・旧住友邸・旧三井養之助邸・旧安田邸・旧徳川邸がある。
現代では、旧吉田茂邸とともに、作家の石川達三邸・村上春樹邸などもある。